筆者は前の記事で「私立病院は長らく続く医療費抑制政策の結果、十分なコロナ対応ができない」旨書かせていただきました。
これに関しては、COVID-19診療に直接的に大きな影響があり、我々医療者だけの問題ではありませんので、今回のテーマにさせていただきました。
立場の違いにより大きく意見が異なる可能性がありますが、できるだけ客観的に記事を書かせていただきたいと思います。今回の記事は月刊保団連7月号 特集「疲弊した医療現場のために」を参考にさせていただきました。
上の記事の中で、『コロナ病床に関して、国立病院機構や地域医療推進機構(JCHO)の設置根拠法には「公衆衛生上重大な危害が生じたときに、厚労相が必要な業務実施を求めることができる」という条文があり、感染症法の改正が行われなくても病床を確保することは可能であったといいます。』と書かせていただきました。
日本では国の指示が届きやすい公立病院が諸外国と比べ極端に少ないようです。
日本の公的病院の割合は?
日本の公的病院の割合は20%ほどで、英国、ドイツ、フランスなど諸外国と比べて極端に少ない割合です。
さらに公的病院が少ない地域が首都圏3県と大阪府や兵庫県で、すでに独法化されていた大阪はコロナ感染患者用のベッド確保がいち早く困難となりました。
順天堂大学医学部医史学研究室客員教授の酒井シヅ氏は以下のように述べています(『日本の医療史』東京書籍1982)。「明治10年頃公立病院はほとんどの府県にあり各地方での機関病院となっていたものの、西南戦争後の激しいインフレとその後の松方政策は地方財政を厳しい状況に陥れ、公立病院の多くは廃院となり一方私立病院は自由に開業した。医療を民間に任せた結果、公立病院と私立病院の総数が逆転し、これが現在日本が他国に比し私立病院が異例に多いという実態の歴史的背景」であると指摘しています。
「官立・公立病院と私立病院の数の推移を見ると、1877(明治10)年は71:35で官立・公立の方が多かったが、1888(明治21)年は逆転して225:339となっている。日本は明治から財政悪化(赤字)で公的医療を切り捨てる政治が行われてきた。現在の都立・公社病院廃止や全国の公立・公的病院再編統合も、公的医療機関への繰入金(税投入)削減が主な目的だ。」とNPO法人医療制度研究会副理事長 本田 宏氏も述べています。
要は財政支出を削減するためだけに、公的病院を一方的に減らしていったと思われます。
「医療費亡国論」とは?
「医療費亡国論」という主張をご紹介します。
医療費亡国論とは、日本で当時の厚生省保険局長吉村仁が1983年(昭和58年)1月31日の全国保険・年金課長会議において発表した「医療費増大は国を滅ぼす」という主張のことです。吉村氏は同会議で「医療保険制度をいま改革しなくては、必ず崩壊する」と発表しました。このレポートの要旨は、
1)国民の医療・福祉の負担が増えると、国民の消費行動が抑制されて経済に影響が出る。
2)病気の治療よりも予防に力を入れる方が医療費抑制に効果的である。
3)「1県1医大」政策により将来は医師過剰、病床過剰となる。
です。
我々の支出する医療費は本当に高すぎるのでしょうか?
2019 年 9 月 17 日
日医総研リサーチエッセイ No.77
医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-
日本医師会総合政策研究機構 前田由美子
2018 年の日本の対 GDP 保健医療支出は 10.9%(36 か国中 6 位)で、アメリカ、ドイツ、フランスよりも低い。日本、ドイツ、フランス、カナダの対 GDP 保健医療支出は 11%前後に収束している。また、高齢化率から見ると、日本の対 GDP 保健医療支出や対 GDP 社会支出は高くはない。
しかし、日本では保健医療支出が公的財源でカバーされている範囲が広い割に税金や保険料による負担が低い。
日本の保健医療支出に占める医薬品およびその他非耐久性医療財支出の比率は G7 の中ではもっとも高く、抑制傾向にもない。
OECDの最新の統計を見てみましょう。
一人当たりの医療費は決して高くありません。
また一人当たりの保険医療支出が低いにもかかわらず、一般政府財源に対する割合が高いのが問題なのでしょう。
一方、日本の保健医療支出に占める医薬品およびその他非耐久性医療財支出の比率は G7 の中ではもっとも高く、抑制傾向にもないのも問題です。
【なぜ、日本の医療費は抑制されてきたのか5期連続マイナスの診療報酬改定の背景NPO法人医療制度研究会副理事長 本田 宏 より引用】
繰り返しになりますが、「日本の国民1人当たりの社会支出額が世界最低レベルで、驚くことに市場原理を至上とするアメリカよりも少ないのだ。」と本田氏も述べています。
国民皆保険制度
国民健康保険制度は昭和13年に創設されました。それまで、健康保険法は制定されていましたが、その対象は一部の工場等の労働者に限られ、農民や自営業者等を対象とはしていませんでした。
昭和13年7月に国民健康保険法が施行されてから10年が経過し、国民健康保険組合は、全町村の98%、六大都市を除き市部では63%まで普及しましたが、戦後の社会的混乱などによって、国民健康保険組合の過半数が、不振あるいは休止する事態に追い込まれていきました。
昭和33年12月には新国民健康保険法が公布され、昭和34年1月1日から施行されました。これにより市町村は、昭和36年4月1日までに国民健康保険事業を開始しなければならならないことになりました。
厚生省や各都道府県等により、制度の未実施市町村への積極的な指導勧奨や普及活動が行われた結果、国民健康保険制度は全国に広がり、昭和36年4月1日に、国民皆保険が達成されました。
公的医療保険は、誰でも必要なときに必要な治療が受けられる社会保障システムの根幹です。日本国民全員の生活を守るためには、欠かせない制度となっています。
この保険制度を守るために、国民全員が存続のために知恵を絞っていかなくてはなりません。
奇しくもこのコロナ禍で露呈した医療崩壊。その主因の一つが医療費亡国論をきっかけに進められた医療費抑制、公立病院の統廃合、医師数の削減などであるということが明らかです。
人口 1,000 人当たり医師数は日本では 2.4 人、OECD 平均は 3.5 人です。厚生労働省の医師数推計から計算すると、日本の人口 1,000 人当たり医師数は 2030 年前後に 3 人程度になります。コロナ感染症に従事できる医師数が根本的に足りないことも指摘されています。
医療は重要な社会インフラの一つです
医療は重要な社会インフラの一つととらえるべきであり、日本の医療制度においては、国民皆保険制度により、全ての人に医療を受ける権利が、フリーアクセスという付加価値もついた状態で保障されています。いわば、「国民がいつでもどこでも必要なときに医療サービスへアクセスできる状態を提供するインフラ」であるのです。
「公共財としての医療」が、日本国民の健康達成度を世界でもトップクラスに押し上げていることも、また明白なことであると言えるでしょう.
医療機関の運営は、単純な金銭的な利益ではなく、やはり患者さんひとりひとりの健康状態を改善することに主眼が置かれるべきであると考えます。医療は、国民のインフラ、という意識を忘れずに、日々の臨床に取り組む必要性があると強く思いました。