ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

ポリファーマシー

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臨床医にとって薬剤は、病気を治療する重要な武器の一つです。

患者さんの今の痛みを和らげ、苦痛となっている症状を低減させ、将来予想される疼痛に対して予防的に必要となる薬剤もあります。

臨床医は、基本的な薬の薬効、用量、使用法、副作用などの情報を薬品会社、その他から得るとともに、実際に患者さんに慎重に処方した結果、その薬効や問題点などを学習していき、次の処方につなげるという行動を日々繰り返しています。この面で日々の臨床経験の量が治療の質に大いに影響してくるものと考えられます。

 

「ポリファーマシー」

 

近年この医薬品使用において「ポリファーマシー」という問題がよく叫ばれるようになりました。この言葉は、主に高齢者医療で問題となる言葉であり、高齢者に処方される薬剤数の増加に関連して、薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤(服薬方法の間違い)、服薬アドヒアランス低下(服薬の無断中断)等の問題につながる状態を言います。

一般に6種類以上で高齢者の薬物有害事象リスクが増加するといわれている一方で、75歳以上の約四分の一が、一つの薬局から7種類以上の内服薬が調剤されています。

一律の剤数/種類数のみに着目するのではなく、安全性の確保等から見た処方内容の適正化が何より重要ではありますが、多くの高齢者が「ポリファーマシー」状態にあると考えられています。

 

「ポリファーマシー」となる理由

 

一般に高齢者は、多くの病気を抱えており、病気や症状ごとに複数の医療機関や診療科を受診しています。そして各々の場所で医師が薬剤を処方することになります。また「処方カスケード(薬剤カスケード)」と呼ばれ、薬物有害事象に対して薬剤の処方で対処し続けることにより薬剤数もどんどん増えていきます。

 

「可能な限り使用しない」薬剤と副作用

 

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高齢者の安全な薬物療法ガイドライン
東京大学大学院医学系研究科 老年病学
秋下 雅弘
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000162475.pdf

 

高齢者ではあらゆる薬物有害事象が若年者より多いと考えてよいのですが、老年症候群として現れることも多く、併用に関して特に注意が必要なのは、抗コリン系薬物の重複です。

抗アレルギー薬、抗潰瘍薬、’過活動膀胱治療薬、抗不整脈薬、抗精神病薬などに抗コリン作用を持つ薬剤が多くありますが、’重複すると便秘、口腔乾燥、認知機能低下といった有害事象につながることもあります。

 

抗コリン作用のある薬
在宅療養支援診療所 令和クリニック
https://reiwa-clinic.org/staff_blog/%E6%8A%97%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BD%9C%E7%94%A8%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E8%96%AC/

抗コリン薬は副交感神経を抑制するために、以下のような多彩な副作用があります。
腹部膨満・便秘(腸管の動きが悪くなるため)、口渇、ふらつき、眠気、せん妄、視野障害、眼圧上昇、尿閉、高血圧、動悸など
そのため、抗コリン薬のブスコパンは、前立腺肥大症や緑内障の患者さんに禁忌なのは有名です。
注意しなければならないのは、抗コリン作用のある薬です。
抗ヒスタミン薬(を含有する総合感冒薬、鼻炎薬)…アタラックス、ポララミン、PL顆粒

・抗精神病薬…コントミン、セレネース

・抗うつ薬(特に三環系)…トフラニール、トリプタノール

・ベンゾジアゼピン系…セルシン、デパス、レンドルミン

・抗不整脈薬…リスモダン、シベノール

・過活動膀胱治療薬…ベシケア、ステーブラ、バップフォー

・吸入抗コリン薬…スピリーバ

高齢者が風邪薬を飲んで、傾眠がちになったり、尿がでなくなったり、おかしな行動をとったりするのも全て抗コリン作用によるものです。

また、こういった薬を長期で使用していると認知機能が低下するとも言われているので、できるだけ短期の処方にとどめるべきだと思います。

 

特に患者さん自らの生活に変化が出たり、新たな症状が出現したりする場合には、まず薬剤が原因ではないか、主治医や調剤薬局の薬剤師に尋ねてみる必要があります。

 

ポリファーマシー対策は?

 

高齢者が処方される薬剤数はここ数年でほとんど変化していないと言われ、多病と疾患ごとの専門医受診が背景にあります。

しかし我々個々の医療機関の医師が、ほかの医療機関の医師や同じ医療機関であっても別の医師の処方に言及することは大変失礼なことであり、患者さんの診療にも悪影響を多大に及ぼす可能性もあります。

一つの病院内で複数診療科目間の処方の調整を薬剤部などで行うのは、それほど困難ではないとしても、我々のような地域の医療機関では、調剤薬局レベルでの調整は、種々の配慮を必要とし、なかなか難しいのが現状と考えます。

 

一般的に日本社会の機構変革は、下から始まって達成されることはほとんどなく、多くは関係省庁や政治からの指示によって変革されることが一般的でした。

筆者が思いますに、患者ないし薬剤師、主治医からの情報や依頼をもとに地域の公的医療機関の薬剤部が一元的に「ポリファーマシー」の改善・調整する権限を持ち、地域の医師会の同意のもと、実際にある程度強権的に改善を促す必要があると思われます。

 

ポリファーマシー対策には、患者、家族、一般の人々の理解が必須であり、高齢者にとってリスクの高い薬剤、薬物相互作用を踏まえての服薬薬剤の見直しや適切な服薬支援は重要なことですが、患者さん側も自己判断で薬を中断しない、使っている薬は医師に必ず伝える、むやみに薬を希望しないなどの原則を守る必要があります。

ポリファーマシー対策には、まず薬を処方する医師が問題意識をもって取り組むべきであり、専門領域や医療機関の壁を越えて他の医師・職種の人たちと連携を取ってこの問題に対処していく必要性があると強く思いました。

 

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