ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

新型コロナウイルス感染症とこころのケア Ⅰ

 

 

 

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2019年某日、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、中国政府の情報隠匿とWHOの怠慢などにより瞬く間に世界中に広がり、次々に変異株が出現して、一向に終息の気配を見せません。

世界的に医療関係にとどまらず、産業、経済、政治あらゆる面に影響を及ぼし国家的危機を招いています。

COVID-19は、生命にかかわる病気であるとともに、多くの人々のメンタルヘルスにも深刻な影響を与えています。

今回は、日本医師会雑誌2021年9月号の特集記事「新型コロナウイルス感染症とこころのケア」を中心に若干の筆者の意見も加えてご紹介させていただきます。

 

全国の調査結果から

 

2021年8月4日~9月30日の2か月間、WEBアンケートツールを使った調査があり7520人が参加しました。

この結果、8割の人がCOVID-19にストレスを感じており、女性や高齢者でさらにストレスが高まっていたとの結果でした。外国のデータに比べて抑うつ症状は20%程度でしたが、不安症状は60%と高くCOVID-19への恐怖というより、感染対策に伴う生活変化がメンタルヘルスの悪化要因として強く影響していると考察されたとのことです。(1)

この結果を踏まえ国民全体に有効な感染対策を行いつつそのストレスを軽減するリスクコミュニケーションである全般的対策が必要であり、これは政府とメディアが担うべきものであると述べられています。

感染者、女性、高齢者、生活困窮者、医療・介護従事者などのメンタルヘルス不調をきたしやすいハイリスク集団に対してストレス軽減ソーシャルサポートの強化、セルフケアの啓蒙・普及、メンタルヘルスのスクリーニングなどを展開すべきと主張しています。(1)

 

この特集記事に向けた座談会において

 

日本精神神経学会の前理事長、神庭重信先生が述べておられます。

メンタルヘルスの観点から特に注意すべき人たちは、

1)15~39歳と定義されるAYA世代

就学や就職、結婚・妊娠・出産といった人生の大きな課題をいくつも抱え、非常に重要な時期にある。しかも多くの精神疾患がこのAYA世代に発症することがよく知られています。

2)女性

2020年は、女性の自殺者が前年より935人増加し、特に若年の女性で多く統計以来最も多かった。女性は非正規雇用者が多く、経済的な問題、ステイホームによるDV被害、育児の悩みの深刻化など多くの要因を抱えています。

3)高齢者

COVID-19 による致死率が高いだけでなく、長引く自粛生活で心身機能の低下や認知症、糖尿病、がん、脳・心血管病変、うつ病、自殺などのリスク因子を抱えているだけでなく、一人暮らしの高齢者も増加していて情緒的孤独感、疎外感、孤立の問題にも注意が必要です。

と話されています。(2)

 

ここで自殺者に目を向けてみたいと思います

 

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(3)

日本では1998年に自殺者が急増し年間3万人を超える時期が続きましたが、2009年以降着実に減少していました。

しかし2020年の自殺者数は対前年比4.5%増の2万1081人でした。特に増加が目立ったのが女性です。

 

我が国の自殺率はもともと失業率との相関が高いことが知られており、COVID-19パンデミックが与えた経済的影響は極めて大きく、今後さらに拡大していくことが懸念されます。(4)

経済的な不況と自殺に関しては、国際的には失業率が上昇することが必ずしも自殺率の増加につながらなかった事例もあります。

スウェーデンでは積極的労働市場政策と呼ばれる失業者に対する再就職支援が行われ、ジョブトレーナーの下で再就職の向けた働きかけを行うことで失業者の孤立を防ぎそれが彼らの精神的支えになったといわれています。

しかし失業手当など現金支給、医療及び治療の提供では自殺のリスクは下げられなかったといいます。

日本の経済的対策はいまだに直接の現金支給が主であり、今後の大きな懸念材料となります。(4)

 

テレワークの影響

 

COVID-19は労働者の生活様式や労働環境に大きな変化をもたらしています。

中でも2020年に入って急速に導入されたテレワークによる影響は非常に大きいと思われます。

 

① 全国のテレワーク実施率と変化
2019年12月(コロナ禍前):10.3%
2020年5月(緊急事態宣言中):27.7%
2020年12月(緊急事態宣言解除後):21.5%

 

② 1都3県と大阪・兵庫のテレワーク実施率と変化
2020年10月(コロナ禍、緊急事態宣言なし)
大阪、兵庫:18.1%
1都3県:28.3%
2021年1月(コロナ禍、二度目の緊急事態宣言中)
大阪、兵庫:19.2%
1都3県:32.7%
・ 2021年4月(コロナ禍、二度目の緊急事態宣言中)
大阪、兵庫:18.4%
1都3県:30.7%

 

テレワークは、在宅勤務、サテライト勤務、モバイルワークの3つの形態があります。

在宅勤務によって男性労働者がワーク・ライフ・バランスを取りやすくなることは、男性自身の生活満足度を高めるとともに、これまで高いストレスレベルを示している女性労働者のメンタルヘルスを改善するきっかけになると期待されます。

一方で我が国の住宅事情では物理的にも心理的にも仕事と家庭の境界線が曖昧になりワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事の役割と家庭への役割が相互にぶつかりあうことから生じる葛藤)が高まる可能性もあります。(5)

実際に在宅勤務では自律的な仕事の進め方が許容されており、この裁量の大きさはストレス反応を低減させるために最も重要な要素の一つになりますが、その反面労働の長時間化に結び付く場合もあり一日あたり9~11時間にも及ぶ例が2割近くに認められるといいます。(5)

 

厚生労働省の対策

 

厚生労働省は良質なテレワークの導入と定着を目指して「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を作成し、テレワークに関するルール作り特に作業環境の整備と労働時間管理に関する対策を進めています。

つまり「テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト(事業者用)」を作成し作業環境の整備を事業者に求め、産業医にも活用を促しているということです。

 

コミュニケーションの工夫

 

テレワークで発生する問題の多くは、相手の状況が伝わりにくいことに起因するため、これまで以上に上司が部下に声掛けを行うことなどによって労働者間の状況の共有と配慮を行い、具体的な業務上の用件がなくても、毎日定期的にWEB会議ツールでお互いの顔を見ながら、雑談や個人的な近況報告などインフォーマルなコミュニケーションをとることが必要であると思われます。(5)

 

在宅でできるこころのケア

 

a ) いまここケア
「いまここケア」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のために自宅で過ごす方に向けたストレスへの対処や心の健康を保つための情報をお伝えするサイトです。本サイトは東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野が運営しています。
https://imacococare.net/

マインドフルネスや行動活性化などを実践してストレスコントロールを目指します。

 

b )KOKOROBO(ココロボ)および チャットボット こころコンディショナー

KOKOROBOは、メンタル不調の予防と不調のある方への早期手当、さらに必要な方に医療への橋渡しを行う、オンラインによるメンタルヘルスケアシステムです。
https://www.kokorobo.jp/about/

 

チャットボット「こころコンディショナー」は、うつや不安に対処する精神療法(心理療法)の「認知行動療法」のエッセンスである認知行動変容のアプローチを、日常のストレス対処やこころの健康維持増進に活用するために開発したプログラムです。
https://stress-management.co.jp/news/cocoro-conditioner-pilot/

 

現代人でストレスのない人はいません。皆さんも一度試してみてください。

次稿はこどものこころのケアについて書かせていただきます。

最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

 

参考文献

1)太刀川弘和:日本医師会雑誌第150巻第6号 COVID-19関連メンタルヘルスー全国調査から

2)神庭重信:日本医師会雑誌第150巻第6号 座談会 国家的危機に際してメンタルヘルスを考える

3)令和2年中における自殺の状況 令和3年3月16日 厚生労働省自殺対策推進室
警察庁生活安全局生活安全企画課 https://www.mhlw.go.jp/content/R2kakutei-01.pdf

4)衛藤暢明:日本医師会雑誌第150巻第6号 【コロナ禍における】自殺とその対策

5)田中克俊:日本医師会雑誌第150巻第6号 【コロナ禍における】勤労者のこころのケア

 

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