ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

難聴と耳鳴

 

筆者の担当する外来は整形外科で、多くの年配の患者さんが通院されていますが、最近特に感じるのは難聴の患者さんが増えているなあということです。

マスク越しの会話ですからその分そういう印象を持つのかもしれませんが、大声を張り上げないと話が通じないと感じることが多くなってきました。

今回の記事は、この「難聴」に対して日本医師会雑誌2022年6月号を参考に書かせていただきます。

 

日本では現在65歳以上の難聴者は1600万人と推計され難聴や耳鳴をはじめとする聴覚障害者が急増しています。

世界的にも、WHOの報告書World Report on Hearingによれば、2019年時点の難聴者は約15.8億人、2050年までには約25億人に達するとされ、その対応はWHOでも喫緊の課題ととらえています。

言うまでもなく聴覚は言語及び思考・情動に深くかかわっており、コミュニケーション機能の中枢として極めて重要な感覚機能で、最近は難聴と認知症との関係が指摘されるようになっています。

筆者の主観ですが、昨今難聴や認知機能低下を疑わせる患者さんが増えている印象があり、双方何か関係があるのかもしれません。

2020年国際アルツハイマー病協会世界会議で改訂されたLancet国際委員会の報告でも、認知症の危険因子の中で介入可能な約40%の内8%が中年期以降の難聴であり、最も介入の効果が大きいとされています。

この雑誌主催の座談会の中で東北大学の川瀬先生が難聴と認知症の関係におけるいくつかの経路を述べておられます。

1つは、脳への聴覚入力の低下が聴覚野だけでなく脳全体に容積の減少を生じ、認知機能自体が低下すること。

2つ目は、難聴の為より聞き取りを向上させる為、認知機能のリソースが使われる。

3つ目は、難聴が引き起こすコミュニケーション障害或いは、耳鳴などをきっかけにしたうつや社会的な孤立などを介して、認知症発症リスクが上昇すること。

4つ目は、高血圧・糖尿病・喫煙など認知症の発症を引き起こす危険因子が同時に加齢性難聴の危険因子でもあるということ。

この4点を強調されています。

先ほど書きました2020年のLancet 国際委員会報告では認知症の修正可能な12のリスクをリストアップしています。

若年期(教育)、中年期(高血圧、肥満、難聴、外傷性脳損傷、およびアルコール誤用)および後期期(喫煙、うつ病、身体的不活動、社会的孤立、糖尿病、および大気汚染)の12項目です。

The Lancet Journal
ランセット委員会| 396巻、ISSUE 10248、P413-446、2020年8月8日
認知症の予防、介入、およびケア:ランセット委員会の2020年報告
https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(20)30367-6/fulltext#tbl1

この12要因に適切な対策をとることで、約40%の認知症の発症予防・遅延が可能になるとのことです。このうちの8%が難聴です。

 

一方加齢性難聴に伴って耳鳴を自覚することも多く、日本人の60代以上の3人に1人は耳鳴の自覚があり、その内約1割は耳鳴で苦痛を感じているようです。

一般に我々は、外部から情報を感覚器を通じて受け取っていますが、感覚器からの信号はそのまま知覚・認知されるのではなく、これまでの記憶・経験による予測や情動による修飾を受けています。このような連合野等からの情報は高齢になるとより強固なものになり、加齢による感覚器の劣化・機能低下に際して正常な知覚が得られなくなり、幻覚が出現するといいます。

難聴に伴う耳鳴も、末梢からの聴覚入力の減少に伴って、聴覚中枢が変容する際に生じると考えられています。又、耳鳴患者の約6割は精神症状を合併しているといわれ、不安障害や抑うつ症状が最も頻度が高く、耳鳴のある高齢者では認知機能も低下する可能性も指摘されています。

 

加齢性難聴に代表される多くの感音性難聴は、治療による改善は望めません。

難聴により「言葉が聞き取り辛い」などの生活の不自由が生じている場合、最初に行う医療的介入は補聴器によるリハビリテーションです。又、感音性難聴には耳鳴を伴うことが多く、これによる心理的苦痛や生活障害を軽減させる治療も補聴器です。

教育的カウンセリング(患者への説明・情報提供)と補聴器による聴覚リハビリテーションで効果が上がります。

 

多国間比較調査であるEuro TrakとJapan Trakの結果をもとに日本と海外を比較すると、難聴者が耳鼻咽喉科などの医師に相談する割合は、日本で42%ですがドイツでは82%、デンマークでも68%。補聴器の満足度は日本で38%ですが、フランス82%、ドイツ76%、英国72%とはるかに高率でした。

補聴器を装用すべき難聴者が実際に装用している率は、日本14%、デンマーク53%でした。

補聴器が高額で購入しにくいことが主な原因と思われますが、2018年医療費控除の対象になり、今後も公的助成制度の拡充が望まれます。

補聴器装用によって十分な聴取能、コミュニケーション能力が得られなければ、人工内耳・人工中耳の適応を考慮することになります。厳密に手術適応基準が学会で決められていて正しい治療の選択がなされれば、良好な治療成績が期待できます。

 

参考

耳は、外耳・中耳・内耳に分かれています。音は外耳から入り、鼓膜を振動させ、耳小骨という小さな骨で増幅されて、音を感じる感覚細胞が存在する内耳に伝達されます。内耳からは聴神経を経て脳の聴覚中枢へ伝達されて処理され、音や言葉を弁別しています。

難聴は、この経路のどこに障害が起きても生じます。外耳から中耳までの音を伝える経路の障害(伝音難聴)と、内耳から聴覚中枢に至るまでの障害(感音難聴)、そして両方が混ざった混合難聴があります。

健康長寿ネット
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rounensei/nanchou.html

 

筆者が仕事現場で感じていた難聴者の増加は、日本及び世界での傾向として事実であったようです。

人は誰でも老化していきますから加齢性難聴に陥るのはやむを得ません。しかしそれをきっかけに認知症になりやすくなるのは、何とか避けなければなりません。

まず高齢者の難聴者を早期に発見するために、高齢者検診の中に今行われていない聴覚検査を的確に組み入れなければなりません。

そして難聴から認知症になる高齢者をできるだけ減らさなければなりません。

それから補聴器の価格上の負担を下げてしかも補聴器リハビリテーションを充実させて装用しやすくする必要があります。

 

筆者の素朴な疑問から生まれた「難聴者の増加」でしたが、色々調べてみて筆者も勉強になりました。

皆さんのご参考にもなれば幸いです。

 

今回も最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。