ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

非特異的腰痛

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しばらくCOVID-19などの記事が多くなりましたが、今回は原点に立ち返り、整形外科に関することを書かせていただきます。

筆者は整形外科医として、日々外来で様々な患者さんの色々な症状を拝見しています。この中で腰痛は非常に多く、日本人が訴える痛みの中で、厚生労働省の2019年国民生活基礎調査によると自覚症状の中で男性1位、女性2位となっています。

日本では、ご存じのように少子高齢化が進み、人口構造の変化に伴って、疾病の構造も大きく変わってきており、高齢を背景にした疾患が非常に増加しています。

高齢者は寝たきりになり介護が必要な状態になることを、皆さん大変不安に感じていると思いますが、国民生活基礎調査によると、介護・支援が必要になった主な原因として、骨折・転倒、関節疾患、脊髄損傷などを合わせた運動器疾患が全体の1/4を占めています。

腰痛があると、身体を動かさなくなり、そのことによって他の病気の発症リスクも高まり、健康全体に大きな影響を及ぼすことが明らかになっています。

ですから腰痛は単に腰部の痛みの問題だけでなく、活動量の低下により要介護状態を発生させ、健康寿命の短縮に大きく関与しているといえると思います。さらに腰痛は労働生産性低下の3大要因の一つと言われており、腰痛によって業務効率が下がり、経済損失をもたらすことも明らかになっています。

2010年に行われた筋骨格系の慢性疼痛に関する大規模調査によると、筋骨格系慢性疼痛の有病率は15.4%で疼痛部位としては、腰が65%と最も高い結果でした。他にこの調査で分かったことは、慢性疼痛の発生は男性より女性に多く、高齢者より30~50代の働き盛りの年齢層の有症率が高かったことです。

また地域別でみると大都市圏で高く、職業別には農林漁業よりも専門職や事務・技術職で高く、学生は最も低いという結果でした。

つまり、運動器の慢性疼痛は、大都市圏に居住している事務職などのデスクワークに携わっている就労年齢のかたに多いということになります。

高齢者ではなく、30~50代の事務職に多いということは、この中の一定数、心理社会的な原因の腰痛が含まれるということになります。【心理社会的とは、精神心理的要因(抑うつや不安・恐怖、怒り感情など)と社会的要因(家族関係や就労状態、補償問題など)を指します。】

これは「非特異的腰痛」と呼ばれますが、10年ほど前にはこの非特異的腰痛が腰痛全体の85%を占めるといわれていましたが、その後詳細に検討した結果、75%以上が椎間関節性、筋・筋膜性、椎間板性など診断が可能とされるようになりました。(2)

多少いい加減な話と思われるかもしれませんが、非特異的腰痛というのは、多分に除外診断であり、実際慢性疼痛の患者さんでは、職場や家庭の問題などの精神的ストレスが関与していることが多く、筆者のようにクリニックの整形外科医がこれに関してできることは少ないのかもしれませんが、心理社会的な腰痛の治療は、痛みをすべて取り除くことを目標にせず、患者さんが定期的に通院するようになれば、治療は十分に成立するといわれます。通院を続けることによって、患者さんができることが多くなり、痛みの程度は変わらなくても、社会生活が維持できればそれでいいのだともいわれます。

少なくとも慢性疼痛の治療では、こういう考え方も必要なのかもしれないと思って日常の診療を続けさせていただいております。

一つ論文をご紹介します。

 

総説
慢性筋骨格痛患者における学際的リハビリテーション後の身体機能の予後因子
系統的レビューとメタ分析
The Clinical Journal of Pain: February 2019 - Volume 35 - Issue 2 - p 148-173
doi: 10.1097/AJP.0000000000000669

学際的リハビリテーション
multidisciplinary rehabilitation (MDR).
MDRは、一般的に医師、心理学者、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー、その他の医療専門家を含む学際的なチームによって管理・実施されています。

結論
MDR後6か月以上の身体機能は、以前の適応症とは異なり、初期の痛みのレベルまたは痛みの持続時間(慢性)によって予測されませんでした。
より良い身体機能は、初期の自己評価された身体機能の高レベルによって予測されました。
低レベルの感情的苦痛と低レベルの認知および行動の危険因子によってより良い結果が予測され、治療がこれらの修正可能な因子をさらに標的にして最適化する必要があることを示しています。
この研究は、慢性疼痛における学際的な生物心理社会的リハビリテーションの将来の最適化の基礎を生み出すでしょう。より重要な予後因子を特定するために、さらなる研究が当然必要です。(3)

 

つまり、学際的リハビリ後の患者さんの予後は、リハビリ前の痛みの強さや持続期間の長さには依存せず、感情的苦痛や認知機能・行動機能の低下に左右されていたという結果でした。

慢性腰痛の患者さんの治療上最も大切なのは、心理社会的な側面への治療的介入なのだということだと思います。

学際的なリハビリテーションができる医療施設は全国でも非常に限られていると思いますが、当院でも精神科の先生とも協力して積極的にかかわっていければと強く思いました。

 

 

文献

1)日本医師会雑誌 第150巻・第7号/2021年10月 腰痛の臨床ー病態から治療まで

2)日本における非特異的腰痛の診断と特徴:山口腰痛研究
公開日:2016年8月22日
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0160454
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0160454

3)総説
慢性筋骨格痛患者における学際的リハビリテーション後の身体機能の予後因子
系統的レビューとメタ分析
The Clinical Journal of Pain: February 2019 - Volume 35 - Issue 2 - p 148-173
doi: 10.1097/AJP.0000000000000669総説
https://journals.lww.com/clinicalpain/Fulltext/2019/02000/Prognostic_Factors_for_Physical_Functioning_After.6.aspx

 

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