ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

健康の社会的決定要因

 

日頃、病気やけがで多くの患者さんが、我々のところに来られますが、診断の精度を高めるためにMRI検査をおすすめします。その時5~6人に1人の方は費用を聞かれます。また、病気の途中に突然来院されなくなるかたもおられます。後日医療費の負担に耐えかねて中断されたことがわかった患者さんもいます。

このようなことは、筆者が医者になった昔から続いており、その原因を深く追求することなく医療者が病医院にいて、その中だけで患者さんとお付き合いをしてきた、あるいはその関係だけで良しとしてきた筆者らが、大いに反省しなければいけないことなんだといまさらながら思います。

日本医師会雑誌 第151巻・第10号/2023年 1 月号の特集が「健康格差社会への対応」のタイトルで、「健康の社会的決定要因(SDH;social determinants  of health)」について詳しく説明されていましたので、筆者の主観で気になった部分を今回の記事にさせていただきます。

まず順天堂大学の武田裕子先生の記事です。

『2008 年にカナダで出された報告書「Poverty is making us sick(貧困こそが病気をつくる)」では,さまざまな統計データから,年収が下位20%の集団に属する人たちは,年収がより高い集団と比較して体調不良や精神的不調といった主観的健康感が低下し,2 つ以上の持病を抱えている割合,糖尿病,高血圧や虚血性心疾患から慢性閉塞性肺疾患,関節炎まで,調査された疾患の罹患率が最も高いことを示している.一方,年収が高くなるにつれてこれらの罹患率が低下することも明らかにされた。

WHOはあるレポートの中で、そうした個人に起因しない社会的要因によって「健康格差」が生じるのは不公正であり,努力によって避けるべきものだとも述べている。』

と書かれています。

「社会的要因が実際に健康にどのくらい影響するのか,Booske らは米国 4 州のデータを基に分析している。それによると,医療体制や診療の質は 20%にすぎず,社会経済的要因(収入,教育,雇用,家族や社会の支え,地域の安全)が 40%,健康に影響する生活習慣が 30%,環境因子(上水や大気の質,気候変動など)が10%としている.食生活や運動習慣,喫煙,飲酒などの生活習慣は,生まれ育った環境や生活状況によって形成されることから,環境も含めSDH は私たちの健康に大きく影響していることが分かる。」

驚くことに、我々医療者が関与しているのは、たったの20%でしかありません。

武田先生は、山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚」の赤ひげの言葉を借りてSDHの中の貧困を説明しておられます。

『「貧困と無知さえなんとかできれば,病気の大半は起こらずに済む」,と小石川養生所で診療に当たった医師,新出去定は言う。社会が無知や貧困といった矛盾を生み,人間の生命や幸福を奪うのだと説明が続く。山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』の主人公「赤ひげ」の言葉である。』

さらに、

『「赤ひげ診療譚」の一話に,貧困に追われ続けて一家心中した家族の話がある.生き残った親は,「私たちが生きて苦労するのを、あなたたちは見ていられても,死ぬことをなぜ放っておけないんでしょうか」「もし助かったとして,そのあとはどうなるんでしょう?」と問う.この言葉は,WHO の SDH レポート作成委員会委員長であり,元世界医師会会長マイケル・マーモット卿の言葉と重なる.“Why treat people without changing what makes them sick?”(患者を病気にした原因をそのままにして治療することに何の意味があるのか)。』

最後に武田先生は、

『さまざまな格差の広がる今日,個人の力ではどうにもできない構造的な問題に対して,自己責任論ではなく,「病気の原因の原因(causes of causes)」である社会的要因を心に留めた医療の提供,社会の変化に対応できる医療人の育成,個人やコミュニティへの働き掛け,アドボケイト(代弁者)としての行動が求められている。』と結んでいます。

実際に我々医療者は、地域住民が抱える社会的・福祉的課題つまり貧困や孤立に対して気付き、入口となる貴重な資源のはずです。

それでは我々は、具体的にどうすればいいのでしょう?

「医療機関が行う子供の貧困対策」というタイトルで健和会病院院長の和田浩先生が述べておられます。

【 貧困などの困難を抱えた親子はどんな姿で医療者の前に現れるか.彼らは困っているのに「助けて」と言えない,外見や態度が受け入れがたい(服装が派手,化粧が濃い,挨拶ができない),問題患者(時間外にばかり受診する,医師の指示に従わない)などといった姿を見せることが多い.「支援してあげたい気持ちになりにくい人」であることが多いのである.
 なぜ「助けて」と言えないのか.雨宮は,人間が「助けて」と言うためには,「自分は助けられるに値する人間である」という自己肯定感と他人や社会に対する最低限の信頼感が必要だが,貧困はこの 2 つをたやすく奪うとしている。「他人や社会に対する最低限の信頼感」とは,「相談すれば何とかなると思える」「相談してもバカにされない」ということだろう.しかし彼らは,「相談してもどうにもならなかった」「相談したら『自己責任』と言われてかえって惨めな思いをした」といった経験ばかりを積んでいる。

「支援してあげたい気持ちになりにくい人」なのは,さまざまな困難を抱えているからであるという点を理解すること自体が支援になる。】

実際に医療機関には、何ができるのでしょう?

『1.「とりあえずの相談」に乗る。何かに困ったとき,どこに相談したらいいのか,そもそも相談に値することなのか,本人には分からないことがある.こうしたとき多くの人は友人・実家などに相談するが,貧困層は孤立していて,気軽に相談できる友人がおらず,実家とも関係が悪いことが少なくない.しかし,子どもを抱えた世帯にとって,医療機関はよく行く場所であり,敷居の低い相談先になりうる.医療機関が「病気以外のことも相談に乗ります」という姿勢を示す必要がある。

2.支援団体につなげる
 経済的に困窮している場合,「生活保護窓口に行ってみては」というアドバイスをしてはいけない.生活保護窓口は「できるだけ受給させない」という姿勢で対応する場合が多いからである。そこで,支援団体(反貧困ネットワーク,生活保護支援ネットワーク,生活と健康を守る会,民医連など)を紹介し,申請に同行してもらうといった支援が必要である。

3.食料・物資支援
4.子ども食堂・学習支援
5.自己肯定感を高める
 こうした支援を通じて,親子の自己肯定感を高めることが重要である。 困難を抱えた親子の多くは自己肯定感が低い.「困った人」「問題のある親」という姿を示すことが多く,本人も自分はダメな人間だと思っている.しかし,どんな親子でも必ず頑張っているところがある.ところが,本人自身がそのことに気付いていない.われわれが,彼らの話をよく聞いて「こういうところを頑張ったね」と具体的に指摘することで,自分が少しは頑張ったのだという事実に気付けば,ほんのわずかだが自己肯定感を高め,前に向かうエネルギーになる。』

 

今回は、日本医師会雑誌 第151巻・第10号/2023年 1 月号の特集記事「健康格差社会への対応」の中から筆者が興味をひかれた箇所をご紹介させていただきました。

正直言いまして、SDHという言葉を筆者は、初めて目にしました。

その概念は以前より了解しており、実際の仕事において部分的に実践していたことでしたが、体系的に学習させてもらって、そのSDHの実態と対策法が明らかになったというのが筆者の感想でした。

最近 20 年間の経済状況の悪化に伴い,わが国では所得の地域・個人格差が顕在化し,2018 年のわが国の 17 歳以下の子どもの相対的貧困率が 14.0%と世界平均の 12.8%よりも高く,ひとり親世帯の相対的貧困率は 48.1%と世界的にも高い状況にあるなど,国民の間の社会経済的格差が顕著になってきているといわれています。

また日本の相対的貧困率が高い理由として考えられるのが「高齢化社会」と「ひとり親世帯の増加」であるといわれています。

我々医療者も社会の一員として、貧困や孤立などの解消に向け、微力を尽くすべきであると強く思いました。

 

今日も最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。