ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

血清疫学調査

感染性病原体に対する抗体を持っている集団の個人の割合は、血清有病率と呼ばれます。血清有病率調査の結果は、特定の集団の何人が以前にSARS-CoV-2に感染した可能性があるかを理解するのに役立ちます。

SARS-COV-2ウイルスに対する抗体保有率は、その国その地域での過去の感染状況を把握するのに大変有用です。また自然免疫も加味しておおよそのウイルスへの免疫(集団免疫)の達成状況も予想できるのかと思います。

アメリカCDCでは、以前から大規模な地理的血清有病率調査を、商業研究所の血清有病率調査、献血者の血清有病率調査、国立商業研究所の調査データより定期的に実施しています。

それでは、最近のアメリカの血清有病率はどうなっているのでしょう。

Research Letter
June 13, 2022
2020年7月から2021年12月までの献血に基づく米国の感染およびワクチン誘発SARS-CoV-2血清有病率推定値の更新
JAMA. Published online June 13, 2022. doi:10.1001/jama.2022.9745
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2793517

結果
2020年7月から2021年12月の間に、含まれる標本2 408 093のうち、1 210 270(50.3%)が女性から、2 034 035(84.5%)が非ヒスパニック系白人ドナーから、293 234(12.2%)が16歳の人々から寄贈されました。

討論
米国の献血に関するこの研究では、感染またはワクチン接種による血清有病率の合計は2021年12月までに94.7%に達しました。それにもかかわらず、2022年初頭にオミクロン変異体が優勢になったため、記録的なレベルの感染と再感染が報告されました。

 

CDC
感染誘発性SARS-CoV-2抗体の血清有病率—米国、2021年9月〜2022年2月
毎週/2022年4月29日/71(17); 606-608
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7117e3.htm

2021年9月から12月の間に、全体的な血清有病率は4週間ごとに0.9から1.9パーセントポイント増加しました。2021年12月から2022年2月の間に、米国全体の血清有病率は33.5%(95%CI = 33.1–34.0)から57.7%(95%CI = 57.1–58.3)に増加しました。同じ期間に、血清有病率は0〜11歳の小児で44.2%(95%CI = 42.8〜45.8)から75.2%(95%CI = 73.6〜76.8)に、12〜17歳の人は45.6%から74.2%(95%CI = 72.8〜75.5)から45.6%(95%CI = 44.4〜46.9)に増加しました。血清有病率は、18〜49歳の成人で36.5%(95%CI = 35.7–37.4)から63.7%(95%CI = 62.5–64.8)に増加し、50–64歳の人の間で28.8%(95%CI = 27.9–29.8)から49.8%(95 %CI = 48.5–51.3)、65歳以上の人の間で19.1%(95%CI = 18.4–19.8)から33.2%(95%CI = 32.2–34.3)に増加しました。

献血によるデータでは、94.7%だそうです。商業研究所のデータでは、昨年12月には約33.5%に確認されていた抗体陽性(抗体保有)は、今年2月には約57.7%に増えていたといいます。これについてCDCは、変異株のオミクロン株が主流となり、その流行が驚くほどの勢いで全米各地に広がったことによるものだと説明しています。

 

しかしこういう研究もあります。

European Journal of Medical Research
Review Open Access Published: 02 June 2022
世界中のSARS-CoV-2血清有病率:最新の系統的レビューとメタアナリシス

2019年12月から2021年12月までに発行されたすべての元の記事は、Medline(PubMed)、Web of Sciences、Scopus、EMBASE、CINHALなどの国際データベースで言語制限なしで検索されました。
結論
88の研究で行われた現在の研究は、Covid-19の血清有病率が世界で3〜15%であることを示しており、この率の低い推定値と世界でのワクチン接種の増加を考慮しても、多くの人々が依然としてCOVID19に感受性があります。

この研究では各々検査法の詳細が載っておりませんが、メタアナリシスですので信頼度は高いと思います。

アメリカはずば抜けて有病率が高いことになりますが、世界的には3~15%だそうで、まだまだ感染に対しては油断ができません。

それでは日本ではどうでしょうか。

2021 年度新型コロナウイルス感染症に対する血清疫学調査報告
2022 年 4 月 27 日 厚生労働省 国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/79/covid19-79.pdf

【方法】
調査対象者
住民基本台帳を元に宮城県、東京都、愛知県、大阪府、福岡県の住民を対象として、性別、年齢分布が人口分布を反映する様に無作為抽出された 20 歳以上の成人を対象とした。対象は、参加率 40%として想定し、各都道府県 3,000 名の参加者を目指して参加協力の案内を郵送し、研究参加に同意をした人を対象とした。

血清学的検査
研究参加に同意した調査対象者は指定された採血会場に来場し、自記式質問紙への回答と採血を実施された。
採血会場で採取された血清検体を用いて、新型コロナウイルスに対する抗体を測定した。抗ヌクレオカプシド(N)抗体および抗スパイク(S)抗体の測定はロシュ・ダイアグノスティックス社 Elecsys® Anti-SARS-CoV-2、および Elecsys® Anti-SARS-CoV-2 S を用いて実施した。
抗 S 抗体は、ウイルス感染とワクチン接種により誘導され、抗 N 抗体はウイルス感染のみで誘導される。よって、既感染者は抗 N 抗体の有無で検出することができる。


【考察】
本調査では、我が国における新型コロナウイルス感染症の疾病負荷の把握と新型コロナワクチン接種による抗体の保有状況を検討することを目的として、2021 年 12 月および 2022 年 2 月に 5 都府県(宮城、東京、愛知、大阪、福岡)において実施された第 3 回・第 4 回の血清疫学調査の結果を示した。
調査対象者の年齢分布は 20 歳以上の一般人口と比較して、40-60 代が多く 20 代と 70 代以上が少なかった。また、調査対象者のワクチン接種率は 96%を超えており、日本全体における成人の接種率と比較して高く、さらに医療関係の従事者および主婦・主夫が多い傾向にあるなど、一般人口に比べて偏りのある集団となっていた可能性が考えられた。
2021 年 12 月および 2022 年 2 月までに報告された累積感染者数は、その時点のワクチン接種者数と比べると遥かに少なく、抗 S 抗体保有割合はワクチン接種率のみを反映しており、感染による抗体保有割合は抗 N 抗体保有割合により評価可能と考えられた。一方で、一部の感染者では感染後の抗 N 抗体が陽転しないことや、感染後時間経過とともに抗 N 抗体量が低下してくる可能性が指摘されており、抗 N抗体保有者のみでは、全ての既感染者を検知することはできないと考えられている。

本調査で判明した既感染者割合は、第 3 回調査では 2.50%第 4回調査では 4.27%であった。また、年齢別の既感染者割合は、60 代以上の高齢者に比べて 20-50 代で高い傾向が見られたが、その傾向は第 4 回調査でさらに強くなっており、高齢者に比べて 20-50 代での既感染者が多いことが示唆された。

本調査では、ワクチン接種者の抗 S 抗体価について定量的な評価を行った。ワクチン 2 回接種者の抗S 抗体価は、未接種者の抗 N 抗体陽性者の抗 S 抗体価よりも高く、ワクチンで誘導される抗 S 抗体は感染で誘導される抗 S 抗体よりも量が多いと考えられた。また、ワクチン接種者の抗 N 抗体陽性者は、ワクチン接種者の中でも高い抗 S 抗体価を示したが、ブースターワクチン接種者の抗 S 抗体価は、感染歴のあるワクチン接種者と同等まで高くなると考えられた。

本調査は、新形コロナワクチン導入後に日本で実施された初めての大規模な血清疫学調査である。調査対象者のほとんどがワクチン接種者であり、抗 S 抗体保有割合も極めて高かったことから、日本の一般人口においても、ワクチンを接種した者における抗 S 抗体の保有割合は高いことが示唆される。一方で、既感染の指標として使用されるワクチンでは誘導されない抗 N 抗体保有割合は、疾病負荷が大きいと考えられたワクチン未接種者においても第 4 回調査時点で 10%程度であり、調査時点では日本の多くの人口はワクチンのみにより免疫を付与されている状況であると考えられた。

 

残念ながらこの研究の対象集団でのワクチン接種率が96%以上と高かったために、日本の一般集団での抗体保有率が直接的に把握されませんが、抗N抗体保有率がかなり低いために、感染による抗体保有の割合がかなり低いと判断され、抗S抗体保有率やワクチン接種率が一定程度血清有病率を表していると解釈できます。

 

この研究では調査対象者が20歳以上であり、また人口比率が実際の比率とも違っており、この結果がそのまま人口レベルの数字を表しているわけではありませんが、本調査が、新形コロナワクチン導入後に日本で実施された初めての大規模な血清疫学調査ということで、もっとサンプルサイズを増やして、本感染症の流行動態とワクチンによる免疫の状態を継続的に評価していくことが重要と考えられます。