ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

誤嚥性肺炎と肺炎球菌ワクチン

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今回は、COVID-19医療にも直接かかわってくる「誤嚥性肺炎」をテーマとして取り上げ、日本医師会雑誌2021年3月第149巻・第12号より抜粋してお送りいたします。

 

誤嚥性肺炎とは?

 

日本では人口の高齢化が加速し、高齢者肺炎が増加しています。高齢者肺炎による死亡の多くは誤嚥性肺炎であり、病態上、誤嚥のエピソードが明らかな顕性誤嚥と明らかでない不顕性誤嚥によるものに分かれますが、臨床上診断と対応に苦慮するのは不顕性誤嚥による誤嚥性肺炎です。

高齢者において、明らかな誤嚥の病歴がなく、「元気がない」、「意識がもうろうとしている」、「食欲がない」などの症状で発症し、胸部X線を撮って初めて誤嚥性肺炎と診断されることも多々あります。

嚥下性肺疾患とは、嚥下機能の障害により、口腔内に貯留或いは逆流した分泌物や消化管内容物を、嚥下できずに下気道に吸引することで発症する呼吸器疾患を指します。この中で最も主要なものが誤嚥性肺炎です。

また「嚥下障害並びに誤嚥が証明された症例に生じた肺炎を誤嚥性肺炎とする」と定義されており高齢者肺炎の中で主流をなすものと考えられています。

 

誤嚥性肺炎の疫学

 

2017年の死因統計では、肺炎死が5位で約9万7000人、そして誤嚥性肺炎死が約3万6000人、そして老衰死が約10万人でした。誤嚥のない老衰はありえないことを考慮すると、誤嚥性肺炎関連死は優に20万人を超えると推測されます。

Teramotoらの2004年~2005年の本邦の22施設で行われた前向き研究によると、肺炎で入院している589人の患者を調べると、肺炎入院患者の70% は70歳以上でした。年代別にみると、0~40歳代ではほとんど認められず、50代の肺炎の20%,90歳以上の9割に達しており、特に70歳以上の高齢者肺炎ではほとんどが誤嚥性肺炎でした。

 

誤嚥性肺炎の3つの成因

 

1.嚥下サルコペニア

サルコペニアとは、骨格筋量の低下に伴う身体機能低下をきたす概念で、嚥下筋も骨格筋と同様に、加齢、活動低下、低栄養、疾患による筋量の低下によって身体機能低下が起こります。

2.オーラルフレイル

オーラルフレイルになると口腔が不衛生になりがちで、このことは誤嚥性肺炎の発症と密接な関係があります。

3.気道防御反射の低下

3.1. 嚥下反射の低下と咽頭知覚

咽頭粘膜で食物が来たことを知覚し、その情報をすぐに延髄の嚥下中枢に伝達する。そして嚥下中枢から嚥下筋に情報が伝達されて嚥下運動が起こりますが、この反応が低下することが誤嚥の主因の一つです。

3.2.咳反射低下と咳衝動

誤嚥した気道内異物を喀出する仕組みを失うことが、肺炎の発症に直結することから、咳反射の低下も大きくかかわってきます。また大脳皮質が関与する咳衝動という感覚も重要であり、これは高齢者ではほぼ消失しています。

 

誤嚥性肺炎の予防

 

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https://aspiration-pneumonia.com/prevention/

日本医療開発機構:誤嚥性肺炎早期発見のための包括的評価と層別予防ケア戦略の確立

1.口腔ケア

口腔ケアは食片や口腔内細菌の除去だけではなく、ブラッシング自体が知覚神経終末に対する機械的刺激による脳皮質への刺激と考えられるとともに、誤嚥性肺炎の責任因子である嚥下反射・咳反射感受性の改善を促します。

2.食事の温度

咽頭には、60℃以上と17℃以下に反応する温度受容体があり、この刺激により嚥下反射が劇的に改善するため、熱くして食するものは熱く、冷たくして食するものは冷たくして食べることが重要です。

3.香辛料

唐辛子の辛み成分であるカプサイシン、ミントの主成分であるメントールは、咽頭における嚥下反射及び嚥下運動を改善します。

4.食事の物性

ゼラチンを使用したり、ミキサーを使ったり刻んだりと、個々の可能な食形態で食べる。

5.アロマテラピー

誤嚥性肺炎を繰り返し発症する高齢者においては、島皮質の活性低下を示すことが多く、においによる刺激で島皮質を活性化し誤嚥予防します。

6.食後の座位保持

食後は30度以上、2時間のギャッジアップが望ましい。

7.便通コントロール

8.栄養

肺炎発症群は、非発症群よりも低たんぱく血症などの低栄養の人に多いことが知られており、また肺炎発症群では摂取カロリーが少なかったという報告もあります。

 

肺炎球菌ワクチンと誤嚥性肺炎

 

高齢化が進むわが国で、病因の本態が誤嚥性肺炎である医療・介護関連肺炎においては、市中肺炎同様に肺炎球菌が原因菌の多くを占めるとされており、そのワクチン接種は極めて有効です。肺炎球菌ワクチンの接種率は、2014年に23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(以下、23価ワクチン)が65歳以上で定期接種化された後、全国平均で30%まで上昇し、浸透してきました。又わが国では、23価ワクチンと13価ワクチン、2種類の肺炎球菌ワクチンをより効率的に接種する時代を迎えたと言えます。

以下に「日本呼吸器学会ワクチン検討WG委員会/日本感染症学会ワクチン委員会・合同委員会:65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方」をお示しします。

 

65 歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方
(第 3 版 2019-10-30)
https://www.jrs.or.jp/uploads/uploads/files/guidelines/haien_kangae2019.pdf

PCV13-PPSV23 連続接種の考え方

米国 ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices; ACIP )は、 2014 年 9 月に Morbidity and Mortality Weekly Report 誌上で、PCV13(13価ワクチン)、PPSV23(23価ワクチン)を含む成人の肺炎球菌ワクチンの推奨について発表した。すなわち、米国 ACIP はこれまでに肺炎球菌ワクチンの接種歴が無い、または接種歴不明の 65 歳以上の成人に対して、PCV13 の初回接種後 6〜12 か月の間隔での PPSV23の追加接種(PCV13-PPSV23 連続接種)を推奨した。
この連続接種により肺炎球菌ワクチンの予防効果を増強、拡大する可能性が期待される。

しかしながら、PCV13 は任意接種ワクチンであり、また短期間での連続接種の安全性は日本国内では確認されておらず、さらに連続接種による臨床効果のエビデンスは国内外を通じて示されていない。

合同委員会としては第 3 版の「考え方」において、第 2 版の「考え方」に引き続き、定期接種対象者が PPSV23 の定期接種を受けられるよう接種スケジュールを決定することを推奨する。また、65 歳以上の成人に対し、PCV13を接種後に PPSV23 接種(定期接種もしくは任意接種)を受ける連続接種スケジュールについても可能な選択肢とする。

 

少し複雑ですが今のところ以下のように接種するようです。

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我々にとって、また高齢の家族にとって非常に大切な「誤嚥性肺炎」について日本医師会雑誌特集記事より抜粋してお伝えしました。専門的で多分にわかりにくかったかと思いますが、どうかお許しください。

日々家庭でできる誤嚥予防を実践するとともに、肺炎球菌ワクチンを積極的に利用し、可能な限り誤嚥性肺炎を予防していく必要があると、強く思いました。