ある整形外科医のつぶやき

外来の診察室で思うこと

遺伝子診断の現状

 

今回は、筆者自身、医学部に入学して講義を受けた頃とは違って、目覚ましい進歩を遂げている分野「ゲノム医療」に関して、皆さんとともに勉強し、既に現在の医療に導入されている「遺伝子診断」などに関して、最低限度の知識を得ておきたいと思います。

今回も日本医師会雑誌第149巻第11号、2021年2月号の記事を抜粋してご紹介いたします。

各分野の専門の先生が執筆しており、正確に皆さんにお伝えできるかと考えます。

 

ゲノムは全ての生物の設計図です。がんや自己免疫疾患をはじめ、多くの疾患にゲノムの異常が関与していると考えられています。

 

ヒトゲノムについて

 

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1953年ワトソンとクリックがDNA二重らせんモデルを提唱してから50年後の2003年にヒトゲノムの解読が完了し、ゲノム医学の基礎が築かれました。

細胞の中には「核」と呼ばれる部分があり、その中に遺伝子を乗せた染色体があります。ゲノムとは、染色体に含まれるすべての遺伝子と遺伝情報のことです。

染色体を構成する重要な部分が「DNA(デオキシリボ核酸)」であり、DNAは4種類の塩基と呼ばれる分子(A:アデニン、C:シトシン、G:グアニン、T:チミン)のブロックが一列に並んでできている長い分子です。

これらの4種類の塩基の並びを配列と呼び、塩基配列によりアミノ酸の構成が確定し、たんぱく質をコードしています。

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ヒトゲノム科学研究は、1990年~2003年のヒトゲノム計画を基盤として目覚ましい発展をとげ、特にこの駆動力となったのは、次世代シークエンサー(NGS)の開発・改良でありヒトゲノムの配列解読の劇的なスピードアップとコストダウンが実現されました。

これによりヒトゲノムの多様性とゲノム変異と疾患との相関性(疾患の発症やそのリスク、薬物代謝、薬の副作用など)が明らかになってきています。

 

がんゲノム医療は、主にがん細胞を用いて、多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子異常を明らかにすることにより、一人一人の体質や病状に合わせて治療を行うことです。

がんゲノム医療では、多数の遺伝子を正確に調べることがカギとなります。これを解決したのが次世代シークエンサー(next generation sequencer:NGS)の発展というわけです。

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遺伝子パネル検査

 

がん細胞における遺伝子変異に基づいて、がん個別化医療が進展していますが、この固形がん組織に生じている数十~数百個のがんにかかわる遺伝子群の変化を一度に調べる新たな遺伝子検査が遺伝子パネル検査で、2019年から保険収載されており、全国200超のがんゲノム医療中核拠点病院などで限定的に実施され、現在年間約13000件実施されています。

この遺伝子パネル検査の対象となる患者は、

① 標準治療がない固形がん患者

② 局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者

とされています。

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分子標的治療薬及び免疫チェックポイント阻害薬

 

従来の抗がん剤はDNA合成阻害やDNA二本鎖切断、微小管の重合阻害などでがん細胞を死滅させていましたが、これらの抗がん剤は正常細胞にも作用するため骨髄抑制や脱毛、嘔吐、下痢などの副作用の問題がありました。

一方、分子標的薬は、特定の異常遺伝子を標的としてがん細胞を攻撃するため副作用も軽減されます。

 

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また、がん細胞は宿主の免疫系から逃避し生き延びるために、免疫チェックポイント分子による免疫抑制機能を持っており、免疫チェックポイント阻害薬は、免疫チェックポイント分子に結合して、免疫抑制シグナルの伝達を阻害します。そして免疫チェックポイント分子によるT細胞の活性化抑制を解除し、がん組織に対する免疫効果を発揮します。

 

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リキッドバイオプシー

 

リキッドバイオプシーとは、腫瘍組織を用いることなく、血液や尿などの体液サンプルを用いて腫瘍の遺伝子解析をする手法の総称です。

一般に腫瘍は不均一な集合体であり、様々なサブクローンが存在し、環境によりその割合が変化します。例えば、一つの分子標的薬を使用すると、効果のある腫瘍細胞だけが死滅し、一時的にがんは縮小しますが、その薬が効かないクローンの腫瘍細胞はどんどん増殖し、やがてがん全体が増大します。

これを解決するために、がん全体のゲノムを反映する血中循環腫瘍DNAを末梢血より採取・抽出しゲノム解析し、パネル検査を実施します。最適な治療法が簡易なリアルタイムの遺伝子診断によって達成される可能性があります。

今後のこの分野の発展が期待されます。

Nature Medicine
公開: 2020年10月5日
進行性消化器癌における循環腫瘍DNAシーケンシングの臨床的有用性:SCRUM-JapanGI-SCREENおよびGOZILA研究
https://www.nature.com/articles/s41591-020-1063-5

リキッドバイオプシーは組織検査に比べて、解析結果が患者に返却されるまでの期間が短く、治療効果は両者で変わらず、多くのがん患者に治験薬の投与を検討できる。遺伝子変異に適合する治験薬をより早く見つけられる可能性があり、がんゲノム医療の利点が示された.

 

遺伝子診断は、出生前診断、新生児マススクリー二ング、希少遺伝性疾患、がんなどに応用されています。特にゲノム医療の発展は目覚ましく将来的には、がんの克服さらにはゲノムそのものを変えるゲノム編集にまで進んでいくことでしょう。

医療者にとって、難治性疾患やがんの治癒・予防は永遠の夢です。それがもう少しで現実のものになろうとしています。

今後も遺伝子診断・治療の有効性・安全性をさらに高めていっていただきたいと強く思います。

 

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